令和3年2月9日
【広範な土地等を国家の統制下に置く「重要土地等調査法案」
 
− まるで戦時下を思わせる民有地等の規制 −

 

○政府提出予定法案に「重要施設周辺及び国境離島等における土地の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案」があります。政府は、3月中旬の閣議決定、国会提出を目指しています。
 この法案は「安全保障の観点」から、一定範囲の土地等を国家の規制下に置こうとするものです。戦後76年、自由主義経済の定着した令和の時代になんで今!と思われた方も多いと思います。しかし、次の通り布石がありました。

〇昨年12月10日になされた自民党政務調査会の「安全保障と土地法制に関する特命委員会」の提言がそれです。そこでは、「次期通常国会に向けた喫緊の対応」として「以下の点(4点)を踏まえ、早急に閣法をとりまとめ、次期通常国会へ提出することを求める」とされています。
・防衛施設周辺に加え、国境離島や重要インフラの周辺など、安全保障の観点から重要な土地を対象に、国籍を含めた所有者情報の収集・利用実態の調査等を徹底すること。
・安全保障上の懸念がある場合には、過度な私権制限にならないよう留意しつつ、必要最小限の範囲で、当該土地の利用・取得を管理・制限できる仕組みを創設すること。
・国境離島については、有人国境離島法において、国による買取りが規定されていることを踏まえた対応とすること。
・これらの業務を一元的にかつ専担で担う「組織」を設け、十分な体制を整備すること。

○次に、政府提出予定法案の概要を説明します。なお、別紙に「重要土地等調査法案の概要」(以下「法案概要」といいます)を添付して置きましたので参考にしてください。            
1、「目的」・・・先ず、この法案の目的です。法案では、「安全保障の観点から、重要施設(防衛関係施設、海上保安庁の施設及び重要インフラ施設)及び国境離島等の機能を阻害する土地の利用を防止」するためとされています。
  法案では、この目的を達成するために、私権が制約される土地等の「対象区域」を定め、その区域内の土地建物の「調査」を行い、調査結果を踏まえた「利用規制」が行われることになります。

2、「対象区域」・・・次に私権が制限される「対象区域」が指定されます。
  法案概要をご覧ください。対象区域には重要施設の周辺(防衛関係施設、海上保安庁の施設、及び重要インフラの周辺の区域)と国境離島等(国境離島や有人国境離島地域の離島)の区域があります。これらの区域は「注視区域」と呼ばれます。
  →こんなに広範囲な私権制限は行き過ぎです。諸外国では、英国やフランスではそもそも安全保障上の土地規制は存在しません。規制のある米国、豪州、韓国でも軍事基地などが中心であり、日本のように「重要インフラ」の周辺区域まで拡大している立法例はありません(別紙に添付しました「土地の規制に関する諸外国の制度」をご覧ください。)
  更に、「注視区域」のうち特に重要性が高いものの周辺の区域は「特別注視区域」と呼ばれ、注視区域よりもさらに強い統制を受けます。
3、「調査」・・・次に規制の対象に指定された土地等について「調査」が行われます。
 @対象・・土地及び建物の所有権、賃借権等
 A調査事項
 ・所有・・氏名、住所、国籍 等
 ・利用・・利用の実態
 →安全保障の観点から「怪しい人」の調査、「怪しい 利用」の調査が始まります。日本版CIAの発祥になりかねません。
 B調査方法
 ・現地・現況調査
 ・不動産登記簿、住民基本台帳等の公募収集
 ・所有者等からの報告徴収(罰則担保)
 ・所有者等に対する立ち入り調査(検討中)
 →調査の実効性を高める観点から、単なる書面審査では足りず報告徴収や立ち入り調査に進むことは、容易に推測できます。

4、「利用規制」・・次に、調査結果を踏まえた「利用規制」が行われます。
 @他法令に基づく措置
 ・低潮線保全法違反(例・低潮線の形質変更)
 ・農地法違反(例・農地の無許可)等
 A機能を阻害する利用の中止の勧告→命令(罰則担保)
 ・電波妨害、施設へのライフライン提供の阻害、坑道の掘削による施設への侵入等の準備行為 等
 B国への買取り請求(補償的措置)

5、特別注視区域の特別的取り扱い
 @事前届出(売り手・買い手)
 ・所有権移転等の事前届出(罰則担保)を義務付け、追加調査を実施
 →自由社会における「契約の自由の原則」が大きく制約されます。
 A届出事項
 ・氏名、住所
 ・目的、土地等の所在、面積 等
 B報告聴取等を経た国からの買い入れの申出
 ・利用規制として、国の買取り申し入れに応諾義務を設ける(検討)。
→・「追加調査」の項目は何か、何を調べるのか
 ・国による買取り要求の要件

○次に、「立法事実」の観点から本法案の問題点を指摘したいと思います。 
 @本法の目的は「安全保障の観点から、重要施設・・略・・の機能を阻害する土地等の利用を防止」とされている。
 「安全保障の観点」とは何か。「機能を阻害する土地等の利用」とは、具体的にどのようなことが想定されているのか。
 Aこれまでに、重要施設の周辺(防衛関係施設、海上保安庁の施設、重要インフラ)で@に該当する事実が発生したか否か。事実があったとすれば、概要を明らかにされたい。
 B事実があったとすれば、既存の法体系の中でどのように対応したか。既存の法体系では、対処できない事案があったとすれば、その概要を説明されたい。
 C諸外国の立法例と比較して、英国及びフランスは、安全保障上の土地規制は存在しません。土地規制の存在する米国、豪州、韓国でもその対象範囲は、概ね軍事基地及びその周辺に限定されています。重要インフラの周辺まで規制の対象とする本法は、必要以上に拡大していると思われます。

○「調査」の問題点について述べます。
 @調査事項として「氏名、住所、国籍 等」が挙げられています。
  しかし、調査の目的が「安全保障の観点から」「重要施設の機能を阻害する土地等の利用を防止」することだとすれば、「氏名、住所、国籍」が明らかになっただけでは何の意味もありません。氏名に付属する本人の属性、すなわち思想・宗教、団体の所属、趣味、家族・姻戚関係、友人関係、海外渡航歴の有無、現在及び過去の職歴、などを住所や戸籍と総合的に判断することによってはじめて意味を成すこととなります。このように、個人情報が際限なく収集・蓄積されることにならないか。
  この法案が、日本版CIA発祥の契機とならないか、心配しています。

 A調査の方法としての「報告徴収」や「立ち入り調査」について。
  外為法の規定を参考に報告徴収や立ち入り調査も採用してはどうかという意見があります。しかし、調査の対象に建物も含まれることに鑑みれば、対象者の負担が大き過ぎます。今回は、報告聴取のみに落ち着くようです。
  しかし、「重要施設の機能を阻害する土地等の利用を防止」という法の目的からして、調査の実効の確保という観点から、「立ち入り調査」の採用も容易に容認されるのではないかと懸念しています。

○「事前調査」について疑問点を述べます。
 ・特別注視区域内の国の買取りの申し出に対する応諾義務とその要件。
 ・特別注視区域における取引中止の勧告・命令とその要件。
 
○最後に、「備えあれば憂いなし」、不測の事態に予め備える「先憂後楽」の精神も政治家には大事な要素です。本法案は、そんな政治家の皆さんの真剣な議論の結果出来上がったものと心より敬意を表します。
 しかし、「備え」には、国民の私権が制約されることを考えれば、それは、必要最小限でなければなりません。私達には、今こそ冷静な判断が求められていると思います。

以上


2021.2.9.
公明党顧問 漆原 良夫





土地等の規制に関する諸外国の制度
国名 規制の有無 規制の対象 規制の内容
米国
連邦・州レベルで軍の基地・施設周辺の土地利用を規制








軍事・安全保障関連施設近接地・周辺(全米
約200施設)、大規模ハブ空港、戦略的港湾等。






対米外国投資委員会による審査
@投資家による事前申告(外国投資家の個人情報、不動産情報、資金フロー、外国政府の関与等を提出。リスクが存在しない場合、審査不要。) 。
A当該投資の脅威・脆弱性・影響等のリスク評価。
BAで懸念が解消されない場合の追加審査・投資条件の変更命令。
⇒懸念がなお解消されない場合、大統領は、CFIUSの勧告を踏まえ、取引の停止・禁止を命じることができる。
豪州
(1)「防衛エリア」「防衛航空エリア」の指定
(2)外国人等が土地の権利を取得するに当たり、一定額以上の場合には、政府への通知・承認が必要。
(2)の対象地は、農地、商業地、居住地等。
(1)について、同エリア内の立ち入り制限、
動産の撤去、建物の高さ制限等が可能。
又、防衛目的の土地収用が可能。
韓国






(1)軍事基地及び軍事施設保護区域内における
建築物の新築・増築又は工作物の設置等に際しては
(2)外国人等による軍事基地、軍事施設保護区域やその他国防目的で制限する区域等の土地取得について
関係行政機関の長が許可等を行う際には、
国防部長官または管轄部隊長との協議が必要。

所在地を管轄する市長の許可が必要。
英国
安全保障上の土地規制や外国人による土地取得等に対する規制は存在しない。

安全保障上の土地規制は存在しない。